高意匠を実現するプラスチック成形技術の動向

この解説記事は日刊工業新聞社の「型技術」2023年8月号に執筆したものを転載したものであり、一部表現を変えている部分があります。

 

1.はじめに

プラスチックという素材は人類が造り上げた「新素材」であり、身の回りで普通に使われるようになってから100年も経っていない素材である。一方で、プラスチックの優れた特性により、急速に用途拡大してきた。

プラスチックによって多くの人の健康が守られ、多くの人の命を救ってきた材料であることは疑う余地もない。一方で、プラスチックの手軽さ、安価さのため、多くの使い捨て用途を生み、深刻なごみ問題も引き起こしている。

上記の用途のように非常に短期間で役目を終わらせる用途が多い一方で、長期的に使用される使い方もある。

本解説では、フィルム加飾、金型内塗装、色や光を用いた表現を中心に紹介する。

2.素材としてのプラスチックの特徴

プラスチック、特に熱可塑性プラスチックには多くの特徴があるが、代表的な特性として密度が小さい(軽い)、熱伝導率が小さい(冷たくない)、弾性率が小さい(柔らかい)、透明性がある、着色しやすい、水や空気を通しにくい、腐食・劣化しにくい等が挙げられる。無論、プラスチックの種類によることは言うまでもない。

プラスチックが世の中に現れた当時は他の素材の代替として用途拡大してきたが、現在ではプラスチックでしか表現できない意匠表現で高い評価を受けてきている。すなわち、安物素材からは完全に脱却している。

3.プラスチックの高意匠化における流れ

前述のように、プラスチックは他の素材からの代替素材として用途拡大してきた。プラスチッキーという言葉が有るように、当初のプラスチックは安っぽいモノの代名詞にもなっていた。

プラスチックの加飾は、既に存在していた他の素材のフェイクから始まった。例えば木目調、大理石調、金属調などである。

近年は、プラスチックでなければ実現できないような表現方法が広がってきている。本稿ではタイトルに示す「高意匠を実現するプラスチック成形技術の動向」に沿って、射出成形技術を応用した意匠化技術である、フィルム加飾・光を利用した意匠表現・金型内塗装・材着による高意匠化について紹介する。

4.フィルム加飾

フィルム加飾とは、二次元の多層フィルムをプラスチック成形品の表面に貼る方法(貼り合わせ)、あるいは多層フィルムの一部の層をプラスチック成形品の表面に貼る方法(転写)である。二次元のフィルムを用いて三次元形状の成形品に対して加飾を行うため、「三次元加飾」とも呼ばれている。表1にフィルム加飾の分類を示す。なお、パッド印刷も二次元に広げられたインクを三次元形状の成形品に転写するという意味で三次元加飾に分類されるが、フィルムを用いないため、表からは除外している。

表1 フィルム加飾の分類

ここでは特に射出成形の応用技術であるフィルムインサート成形(FIM)と金型内加飾(IMD)について最近の動向を解説する。

4-1 フィルムインサート成形

フィルムインサート成形とは、射出成形の金型内にフィルムをセットして、射出充填される溶融プラスチックの熱と圧力を利用して成形材料とフィルムを融着させる技術である。金型内にラベルを挿入して熱融着でラベルを貼り付けるインモールドラベル成形(IML)もフィルムインサート成形の一形態である。

4-1-1 成形時にフィルムを賦形する工法

比較的延伸しやすい素材をインサートする際に行われる方法である。金型上部に設置されたフィルム繰り出し装置から供給されたフィルムをヒーターで予備加熱したのちに真空引きを行って金型キャビティ面に密着させてから溶融したプラスチックを射出充填する。余分なフィルムは金型内で切断されるか、取り出し後に切断される。

図1 インサートフィルムを予備加熱・真空引きしてから成形する工法

最近は、後述する光を利用した意匠表現の方法の一つとして、フィルムの裏面に塗布される遮光インクのパターンにより部分的に光を透過させる技法が流行している。

4-1-2 事前に賦形したフィルム(シート)をインサートして貼り合わせする工法

成形用金型のキャビティ内にちょうど収まる形状に事前賦形(真空成形・圧空成形した後にトリミング)したものを金型にインサートする工法である。最近は電子回路を印刷したシートを成形品の裏面にインサートする工法が広がってきている。この工法は前項の工法と組み合わせて、両面インサート成形も可能にしている。

図2 予備賦形したフィルムをインサートする工法

写真1 両面にフィルムインサートされた成形品(左)と回路が印刷されたフィルム(右) K2022Wittmann Battenfeldブースにて

4-1-3 フィルムを二次元のまま使用する工法

インモールドラベル工法がこれに分類される。二次元のプラスチックフィルムを打ち抜いたものを金型内にセット(例えば静電気で固定)し、溶融したプラスチックを射出して貼り合わせる工法である。

4-2 金型内転写

金型内転写工法は、多層フィルムの一部の層を成形品に貼り合わせ、キャリアフィルムは成形と同時に取り除かれる工法である。加飾層は耐熱性に乏しいため、予備加熱せずに真空引きで金型キャビティ形状に合うように延ばされる。フィルムインサート成形と異なり保護層としてのフィルム層は存在しないが、意匠層転写と同時にハードコート層を最外部層に転写することも可能になっている。

図3 金型内転写の工法

5.金型内塗装

金型内塗装は塗装ではなく、硬化性の塗料を金型の中で成形する技術である。言い換えるとプラスチックの一次成形品に対して二材目として塗料も用いる二材成形である。通常の塗装と決定的に違うのは、表面の品質は塗料注入用金型で決まる点にあり、一次成形品の表面状態に依存しない。それに加え、塗料層の厚みを厚くすることが可能(10㎜程度も可能)なことである。

図4 対向二色成形機を応用した金型内塗装

塗料層の表面には金型によってシボやヘアラインのようなテクスチャーを施すことができ、塗料層を透明にしておけば、一次成形品に施したテクスチャーを肉厚の透明な塗料層を通して見ることも可能になる。

図5金型内塗装とテクスチャー加工を併用した例
左:シボがある成形品に鏡面上の塗料層を設けたもの
右:鏡面の成形品にシボがある塗料層を設けたもの

6.材料の色による高意匠化

プラスチックの多くは透明性を持つため、材料に直接着色することで意匠表現が可能である。フレーク状の金属粉をプラスチックに混合して成形すると金属調の成形品が得られるが、外観上の欠点もある。プラスチックに混ぜられたフレーク状の金属粉は流動方向に配向する。そのため成形品表面に平行に並び、金属光沢に似た光沢が得られる。しかしながら、開口部の下流のようにウェルドラインができる位置ではフレークの配向が周囲と異なる部分ができて不具合として目立つ。

ウェルド部分ではフレークが流動方向と直交方向に配向するが、ウェルドラインを挟んで左右に不均等な保圧をかけることでフレークの配向方向が変化する。その際に表層付近の流動性を維持するためにヒート&クール成形が必要であり、複数のゲートにおけるゲートカットのタイミングを調整することで複数のウェルドラインを消すことが可能になる。

写真3は(株)富士精工の金型技術とユニチカ(株)の高輝度メタリック材を組み合わせたもので、図上の写真に見られるフレークの配向が下の写真では見られない。

写真2 一次側で加飾フィルムをインサートし、二次側で型内塗装を行ったサンプル
塗装面の表面はシボと鏡面に分けられている
人とくるまのテクノロジー展2019(横浜)のGSIクレオスブースにて

写真3 ヒート&クール成形と型内ゲートカットを組み合わせたフレークの配向制御品
上:通常成形品、下:ヒート&クールと型内ゲートカットを組み合わせたもの
オートモーティブワールド2020ユニチカブースにて

7.光を用いた意匠表現

これまで述べたフィルム加飾、型内塗装、色はいずれも技術面からの切り口であった。最後に、特に欧州で最近流行している表現について触れる。

自動車の室内ではメーターやスイッチなどの多くの表示がある。必要な時に見やすいことは重要であるが、不要な時には存在感を見せないで欲しいという要求にこたえるものである。

例えばフィルムインサート成形であれば、意匠層の下に遮光インクでパターンを印刷する方法がある(写真1)。また、光を透過するピアノブラック成形品であれば、成形品の裏面に遮光インクでパターン印刷されたフィルムをインサートする方法がある。

8.おわりに

近年の傾向として、単なる意匠にとどまらず、意匠性と機能を同時に実現する成形技術の進歩が目立っている。また、複雑な工程を一度の成形動作で実現することで高機能な製品を安定的に生産できるようになってきている。そのような高度な技術にキャッチアップしていくためには、日本国内でも金型技術を軸にした成形技術の開発を継続していく必要がある。