コラム お化粧と美肌
本コラムはプラスチック成形加工学会の会誌「成形加工」2021年3月号に執筆した巻頭言である。
加飾を辞書( 大辞林 第三版)で調べると「器物の表面にさまざまな工芸技法を用いて装飾を加えること。」とある。もともと焼き物や塗り物で使われていた言葉である。
最近でこそ加飾という言葉はプラスチック業界で普通に通用する言葉になったが、その歴史はそれほぼ長くはなく、実は30年ほど前からボチボチ使われ始めた。特許庁のJ-PlatPatでキーワード欄に加飾と入力し、ヒットする特許と実用新案の件数を年ごとにプロットすると、1990年から30年間で10倍に増えている。それだけ、加飾という言葉が一般的に使われるようになってきている。
プラスチックは代替素材として使用範囲を広げてきたが、誕生初期の頃は成形技術が未熟であったこともあり、質感が低く安っぽい素材とみなされていた。そのため、既に実績がある素材に見え方や触感を似せる技術として進化してきた。
プラスチックの加飾を見栄えの面から分類すると、木目調,金属調,大理石調,漆調のように既存の素材感を追求してきたことがうかがえる。
加飾技術を装飾層付与方法で分類すると、主に塗る(主に塗装・コーティング)・造膜する(めっき,蒸着,スパッタ等)・貼る(フィルム貼り合わせ,転写)に分類される。これらの中で代表的なものと言えば塗装・めっき・フィルム加飾である。これらはプラスチックの表面にさらに加飾に必要な装飾層を持っている。
代表的な加飾は塗装・めっきであるが、塗装とめっきは技術分野が全く異なる。したがってこれまでは両方を合わせて説明する用語は不要であった。ところが技術の進歩により同じ目的に対するアプローチが増えて選択肢が増え、技術が競合するようになった。そのような背景からすでに存在していた加飾という言葉は便利であり、広く使われるようになった。
加飾の世界が広がるとともに理解に苦しむような用語も現れてきた。その代表が「三次元加飾」である。そもそも塗装もめっきも三次元形状を対象にするのが当たり前であり、塗装やめっきの業界の人は三次元加飾という用語が使わない。
実は三次元加飾はフィルム加飾と同義語である。つまり二次元に加工された加飾用フィルムをもちいる加飾技術である。言い換えると、二次元だからこそできる高度な印刷技術や成膜技術を用いて三次元形状に展開して転写あるいは貼合する技術のことである。
さて、筆者が加飾技術の世界に入ったきっかけは、ヒート&クール成形技術の開発に関わるようになったことである。ヒート&クール成形技術は元々射出成形におけるウェルドラインを消すために開発された技術であり、成形サイクル中に金型加熱と冷却を繰り返す手法である。
ヒート&クール成形は金型転写率を高める技術でもあり、ウェルドレス以外にも鏡面の質が向上する、シボの転写が向上する等の美的面での効果が知られているが、当時はヒート&クール成形は加飾には含まれていなかった。何故なら、加飾層を付加しないで製品を美しくする技術だからである。
筆者がヒート&クール成形技術のセミナーの中で、この技術は「加飾しない加飾である」と言うようになって、商業セミナー業者が面白がって加飾セミナーの講師の1人として声を掛けてくるようになり、ヒート&クール成形も徐々に加飾技術の一分野として認識されるようになった。それがきっかけで、広くプラスチック加飾全般を扱うようになった。
製品実現のプロセスにおいて、デザイナーが意図したデザインを製品実現するには精密な金型製作に加え、高度な金型転写技術が必要である。これは、健康的で美しい肌をつくるのとよく似ている。肌の状態が非常に良い場合、化粧は不要である。また、肌の状態が良いと化粧が乗りやすい。
同様に、表面状態に優れる成形を行うと、その後の(あるいは同時に行う)加飾工程の品質も良くなる。逆にウェルドラインやヒケを塗装やめっきで誤魔化すのは難しいのである。
ヒート&クール成形技術はウェルドレス技術から、ピアノブラックのブームとともに高度な鏡面の生産技術へ進化し、近年ではシボやヘアラインの転写効率を高めて繊細な表面形状を得るための技術として発展を遂げている。
筆者は高度な鏡面や繊細なシボによって製品の価値を高める技法のことを「テクスチャー加飾」と勝手に命名して使っている。
ここで気が付くかもしれない。「器物の表面にさまざまな工芸技法を用いて装飾を加えること。」には縄文土器の縄目の模様は含まれるのかという疑問が出てくる。この縄目の模様は従来の加飾の概念の外であるが、まさに加飾しない加飾であり、「テクスチャー加飾」である。そのように考えると、加飾には長い歴史があるのだ。今後も加飾技術は進化し、概念はさらに拡張されて購入する人々を幸福にしていくであろう。加飾技術を専門分野とする研究者が増えることを期待している。