プラスチック加飾技術の動向

1.はじめに

人々が消費行動を起こす理由は、生きていくために必要というよりは、必要最低限を超えたプラスアルファを楽しむためといっても良い。商品は保有してうれしいという満足感やさまざまな感情を得るために選ばれている。

人が何に対してお金を惜しまないかは個人個人で異なる。高級感、希少性、新しいライフスタイルの提案、造り手のメッセージ等が付加価値になるが、何に価値を見出すかは十人十色であり、極論すると万人受けするモノは無い。

高級感という付加価値は製品そのものに限らず、脇役である容器にも及ぶ。例えば、ジュエリーケースは単なる箱ではなく、宝石をプレゼントするシチュエーションにおける驚きと感動を演出する重要な舞台であり、加飾技術を徹底活用した真剣なものづくりが行われている。

希少性という付加価値は伝統工芸の手作りの世界とは全く別なアプローチで提案されてきている。スマートフォンのように特定の製品が圧倒的な売れ筋商品になる場合、所有者は自分独自の味付け(デコレーション)を行う。それは、定番商品の中にも世界にひとつしか存在しない「私だけ」のスマホを持つ喜びを求めているためである。このような「私だけ」はデジタルデータから直接加飾を行うオンデマンド加飾によって容易に手に入れられるようになってきた。

加飾技術の動向を考えるときに最も重要なことは消費者が得たい心の状態は何であるか、働きかけるべき消費者の感性のポイントはどこにあるかを知ることである。2014年2月に中小企業庁が発表した「中小企業の特定ものづくり基盤技術の高度化に関する指針(http://www.meti.go.jp/press/2013/02/20140210001/20140210001-2.pdf)」の中には、例えば精密加工に係る技術に関する事項の中で「エ.高感性化:高機能性、高信頼性といった従来の価値を超えて、使用者の感性に働きかける製品が認知されてきている。

ユーザーニーズの高感性化が進む中、製品の美しいデザイン形状や表面の仕上がり等高い意匠性を付加する技術の向上が求められている。」(同指針21ページより引用)と書かれているように、政府も消費者の心に訴えかける製品づくりの重要性を認識している。

本稿では、製品に付加価値をつける方法としての加飾技術の動向を、技術オリエンテッドではなく、ユーザー側からの切り口で分類し、技術に関する解説を付け加えるという流れで最新動向を解説する。

2.金属調加飾技術

金属は人類が用いてきた素材の中では非常に長い歴史を持っている。そのような歴史的背景から、現在でも金属光沢は高級感の演出として重要な位置づけにある。プラスチック製品に金属のような外観を与える手法としては、めっき、真空蒸着、スパッタ、銀鏡塗装のように実際に金属層を付加する方法、金属調のフィルムを貼る方法、プラスチックに金属フレークを混ぜることで金属色を付与する方法等がある。

2.1 プラスチックめっき技術

プラスチックにめっきの一般的な工程は、①エッチング、②触媒処理、③無電解ニッケルめっき、④電気めっきから成り立っている(http://www.yuken-ind.co.jp/technology/knowledge/knowledge05.html)。

めっき用樹脂として最も一般的な材料であるABS樹脂の場合、クロム酸混液からなるエッチング液によりブタジエンゴム相を分解除去することで、プラスチック成形品表面に微細孔を形成する。また、ナイロン樹脂の場合は酸によるエッチングを行う。

6価クロムは有害であるため、過マンガン酸を主成分とするエッチング液も用いられている。形成された空孔にパラジウム触媒を付着させ、無電解ニッケルメッキを施すことで、プラスチック成形品表面の微細孔をニッケルが埋めつつ、表面にニッケル層が形成される。その後に電気めっきにより強固で意匠性ある金属層を形成する。

2.1.1 紫外線照射によるエッチング代替

エッチング処理により形成される微細孔はミクロンオーダーの孔であるが、㈱日本表面処理研究所が開発した紫外線処理による表面処理は、有害なエッチング処理液を使わず、ナノオーダーの微細孔を形成することが可能になり、めっき後の表面平滑性に優れる(渡辺、馬場、齋藤、杉本,成形加工23(11), 645-648 (2011))。また、紫外線照射した部分のみに金属層が付着するので部分めっきか可能になる。

2.1.2 超臨界流体を活用しためっき技術

日立マクセル㈱が開発中の超臨界流体を利用しためっき技術は、パラジウム触媒を超臨界二酸化炭素に溶解して溶融樹脂中に導入して射出成形を行うことで、エッチング工程が不要になる。

2.1.3 銀鏡塗装技術

銀鏡塗装は塗装というプロセスではあるものの、被塗装体の表面で銀の皮膜を形成するめっき技術である。基本原理である銀鏡反応とは、アルデヒドによる銀イオンの還元反応で起こる金属銀の析出である。銀鏡塗装は二液のスプレーによって銀イオンと還元剤を混合させる。実験室で行う銀鏡反応では加熱が必要であるが、銀鏡塗装では加熱が不要である( http://www.hyoukaken.co.jp/MFS_process.html)。

2.1.4 金属ナノ粒子による新規なめっき技術

大阪府立大学の研究成果を元に起業したグリーンケム㈱は、金に代表される金属ナノ粒子を用いた新規なめっき技術を開発した。樹脂マイクロビーズの表面に金属を付着させれば導電性ビーズが得られる。同技術でプラスチック成形品の表面に金属層を生成させれば、樹脂めっき製品が得られる。

2.2 金属調フィルムによる加飾

金属光沢を持つフィルムをプラスチック成形品に貼ることでプラスチック成形品に金属調の外観を付与することができる。加飾フィルムに金属色を付与する方法には、アルミニウム等を蒸着する方法、金属調インクを塗布したフィルムを用いる方法、金属を用いない超多層フィルムを用いる方法がある。

金属調インクは、高輝度メタリックインクを透明フィルムにスクリーン印刷によって塗布して用いられる。帝国インキ製造㈱のミラーインキ(http://www.teikokuink.com/techreport/report/142_kino.html)は非常に厚みが薄いアルミニウムフレークを使用し、フレークがフィルムに平行に並ぶことで鏡のような反射が得られる。

このようなインキに使用されるアルミニウムフレークは、例えば東洋アルミニウム㈱のリーフィングアルペーストのように粒子表面が平滑で径が揃っている必要がある(http://www.toyal.co.jp/products/paste/product/leafing.html)。

金属を全く用いない金属調フィルムは、屈折率が異なる2種類の透明樹脂を交互に積層することで得られる(公開特許公報 特開2010-184493(東レ㈱))。東レ㈱のピカサスフィルムは屈折率が異なる2種類のポリエステル樹脂を交互に数百層積層することで、光線を全反射させて金属光沢をもたらすとともに、ハーフミラーの表現も可能である(http://www.toray.jp/films/printing/product/picasus.html)。

金属調フィルムをプラスチック成形品に貼るための技術には、三次元表面加飾成形(TOM工法)(http://www.fvf.co.jp/technology/index4.html)、フィルムインサート成形(http://www.daiichiplastic.co.jp/insert/)、金型内転写、ホットスタンプ等がある。

2.3 メタリック顔料による着色

プラスチックにアルミニウムフレークを添加して射出成形することによって、ある程度の金属調が得られるが、ウェルドラインにおけるフレークの配向や不均一な流れによる流れムラが外観品質を著しく低下させており、課題になっていた。

フレークのアスペクト比を小さく(フレークの厚みを大きく)することでウェルドを目立たせないようにした金属調コンパウンドが知られている(http://www.toyal.co.jp/products/paste/product/metallic.html)が、材料技術のみで完全にウェルドラインを見えなくすることは困難であり、成形技術・金型技術の開発が進められている。

旭電器工業㈱は、金型構造を工夫してウェルド部の樹脂流動を制御することでウェルドラインを目立たなくしている。㈱富士精工は油温調を利用したヒート&クール成形技術との組合せにより、ウェルドラインや流れムラを目立たせなくする技術を確立した(http://www.fuji-gr.co.jp/products1025.html)。

3.黒の表現による加飾技術

黒という色にはポジティブ、ネガティブ両面が存在するが、公式な場で用いる色という意味で重みを持っている。漆の黒はつややかさを持ち、ピアノの塗装も何層もの塗装を重ねるとともに表面を平滑に磨き上げることで高光沢の黒(ピアノブラック)を実現している。

ピアノブラックを得る技術的手法は、塗装、フィルムインサート成形、ピアノブラック成形がある。ピアノブラック成形は成形のみでピアノブラックを得る成形技術である。近年AV家電の多くがピアノブラックを基本色にしており、黒物家電という言葉も耳にする。AV家電以外の家電においても高級感を演出するためにピアノブラックが多用されている。

後述の無反射シボ(6.2項)は光を反射させないという機能を目的としたものであるが、その外観はビロードのようなしっとりとした黒が表現される。

3.1 ピアノブラック成形技術

ピアノブラック成形は、透明樹脂・透明顔料・超鏡面の組合せから成り立っている。透明樹脂としてはPC/ABSが一般的である。顔料としては、透明感を持った黒を表現するために透明顔料が用いられる。表面における耐傷付き性が重要な場合は、アクリル/ABS樹脂が用いられる(公開特許公報 特開2005-220265(小野産業㈱、ユーエムジー・エービーエス㈱))。

成形用金型は高度に磨き上げられる。成形方法としては、金型の超鏡面を完全に転写し、開口部にウェルドラインを生じさせないよう、ヒート&クール成形技術が用いられることが多い。

4.ソフトタッチ加飾技術

人は柔らかい物を持ったときに心地よさを感じる。おそらく人と人のスキンシップを連想するからであろう。プラスチック製品に柔らかさを付与して付加価値をつける方法には多くの技術的手法がある。

4.1 ソフトタッチ塗料

塗料を構成する分子において三次元架橋構造が必要であるが、架橋点間の分子が柔軟であると、小さな応力で変形し、応力を取り除くと復元する。そのような塗料はソフトタッチ塗料あるいはソフトフィール塗料と呼ばれている。また、塗料の触感としては、硬さ-柔らかさの他にしっとり感-乾いた感覚の評価も必要である。例えば武蔵塗料㈱の新感覚塗料には、ソフトな感触、シルキーのソフトな感触、スエード調のソフトな感触等のバリエーションがある(http://www.musashipaint.com/product/)。

4.2 発泡成形との二色成形

硬質樹脂の上に軟質樹脂を積層するとともに、軟質樹脂をコアバック法(秋元, 成形加工,21(11), 654-659 (2009))によって発泡させることでソフトタッチを実現する方法がある。ENGEL社(オーストリア)が開発したDolphinプロセスは、対向二色成形機の射出ユニットの一方が発泡成形に対応しており、硬質樹脂の上にエラストマー(発泡剤入り)を積層してコアバック(金型を微小に開く動作)を行って、エラストマー層にソリッドスキン層と発泡コア層を形成する技術である。この技術もソフトタッチ加飾技術に含まれる。

4.3 ソフトタッチシボ

人間が硬い/柔らかい、しっとり/ざらざらを感じるメカニズムを理解することで、錯覚を起こさせることが可能になってきた。日産自動車㈱は、人が柔らかく感じるメカニズム、しっとりと感じるメカニズムを利用して、柔らかく感じるシボ、しっとりと感じるシボを開発して自動車内装部品に採用した(http://www.nissan-global.com/JP/TECHNOLOGY/OVERVIEW/pq_interior.html)。

人が柔らかく感じるのは、対象物の柔らかさが指の柔らかさに近いときである。そのような対象物を触るときには指に接触する面積が大きくなる。そのようなメカニズムを利用して、シボ形状だけで柔らかく感じる形状が見つかっている(http://www.nissan-global.com/JP/TECHNOLOGY/OVERVIEW/pq_interior.html)。

人がしっとりと感じるのは、指の指紋の凹部にある神経が刺激されたときである。液体に触れたときには液体が指紋の凹部に入り込んで神経を刺激する。そのようなメカニズムを利用して、指紋のピッチよりも小さいシボパターンを形成することで、人が擦った時に適度な抵抗を生じてしっとりと感じる(公開特許公報 特開2010-120399(日産自動車株式会社、名古屋工業大学))。

日産自動車㈱が採用しているソフトフィールシボは硬質プラスチック成形品の表面に柔らかさとしっとり感を感じる要素を組み込んだシボである(公開特許公報 特開2011-104987(日産自動車株式会社、名古屋工業大学))。

4.4 静電植毛

プラスチック成形品の表面に細くて短い繊維を接着する技術が静電植毛であり、古くから活用されている。静電植毛により製品に柔らかさ、暖かさ、高級感が付与され、自動車内装部品(http://seidenshokumou.com/index.html)、ジュエリーケース27)等に活用されている。

5.オンデマンド加飾技術

オンデマンドとは、ユーザーの要求があった時に、ユーザーの要求(デマンド)に合わせて商品を提供する方法である。ビデオ・オンデマンドはテレビ放送に対して欲しい時に欲しい映像を呼び出して視聴する方法であり、オンデマンド印刷はインクジェットプリンターやレーザープリンターのように、版を起こす代わりにデジタルデータから直接印刷する方法である。オンデマンド加飾も同じように、ユーザーが要求するデザインでその場で加飾を行う加飾技術であり、デジタル技術と深い関係がある。

プラスチック加飾用に開発されているオンデマンド加飾技術には、インクジェット塗装、オンデマンド転写箔、オンデマンド水圧転写技術がある。

5.1 インクジェット塗装

通常の塗装法は、無駄になる塗料が多いこと、細かい描画に対応できないことが課題である。インクジェット塗装は、必要な量だけ吐出するために塗料の無駄が少ないこと、紫外線硬化の利用によりVOCを大幅に削減できること、高精細な描画ができるという特長があるが、それに加えてデジタルデータからオンデマンド塗装を可能にする技術である。

タクボエンジニアリング㈱のインクジェット塗装システム(ジェットライン)は、フルカラーで高精細な紫外線硬化塗装が可能であり、さらに紫外線硬化のトップコート(クリアー)も可能である。描画のデータは製品1個ずつ別なデータを用いることが可能になり、世界で1つだけの「私だけ加飾」が可能になる(上村, プラスチックス, 64(5), 26-36 (2013))(http://www.toshiba-machine.co.jp/jp/NEWS/product/20130612_12.html)。

5.2 オンデマンド転写箔

転写箔による加飾(ホットスタンプ)において、画像データから直接転写箔の加飾層を作成する技術がある。ナビタス㈱のオンデマンド転写箔プリンタは、デジタルデータから熱転写プリンタによって直接転写箔を作成するプロセスであり、従来技術であるグラビア印刷による転写箔よりも圧倒的に小ロット、短納期に対応でき、最低1個からの「私だけ加飾」が可能になる。また、無溶剤プロセスであるため、転写箔作成の現場ではVOCが発生しない。

5.3 オンデマンド水圧転写

ビッグワンズが開発し、㈱インデクトがシステム販売するオンデマンド水圧転写技術リアルプリントは、デジタル画像データから水溶性フィルムの上にインクジェットプリンターにより描画して、水圧転写により加飾を行う技術である。この技術も最低1個からの「私だけ加飾」に対応できる技術である(http://xn--g7q38k5vuxw5a.com/info.html)。

6.機能を付加した加飾技術
6.1 耐傷つき性コーティング

コーティング膜の表面に傷をつけたときに、自然と修復されて傷が消滅するようなコーティング剤を自己修復性塗料という。ナトコ㈱の自己治癒クリアー(http://www.natoco.co.jp/pop_up/selfheal.html)がその代表であり、塗料の分子構造に軟質成分と架橋構造を持たせて弾性を与えている。

6.2 無反射シボ

黒く着色されたプラスチックに微細なシボパターンを与えると、表面グロスを非常に小さくすることが可能になり、無反射塗装が不要になる。小野産業㈱は大きさが異なる複数のシボパターンを重ねることで超低グロスのシボを実現している(公開特許公報 特開2012-86453(小野産業株式会社))。㈱棚澤八光社のセラシボ技術で微細な幾何学パターンをプラスチック成形品表面に形成することで、ビロード超の外観で超低グロスを実現している(http://www.tanazawa.co.jp/shibo-3.html)。

7.おわりに

最近の加飾技術の動向ということで、駆け足で解説してきた。加飾技術はあくまで手段であり、製品にどのような価値を与えたいかというコンセプトが必ず先に存在しなければならない。加飾技術にはコストがかかるが、コストアップ以上に製品価格を上げられる技術でもある。