テクスチャーによる加飾技術

1.はじめに

人々が消費行動をする目的は、ほとんどがneedsではなく、wantsによる。その物が無いと生きられないからではなく、その物を持つことによって得られる感情が欲しいからである。不景気であっても高価であっても品格・高級感がある製品が売れ続けるのはそのためである。

プラスチックは金属、木材、硝子、セラミックス、皮革等の素材を代替しながらその用途を拡大してきた。プラスチックが世の中に現れた当初は、安っぽい印象をぬぐえなかった。

プラスチックの軽さ・形状付与の容易さ・リサイクルのしやすさ等の特長を生かしながら質感を高めるために、数々の加飾技術が生み出されてきた。加飾とは、「器物の表面にさまざまな工芸技法を用いて装飾を加えること」である。その手法には造膜する・塗る・貼る・色をつける・テクスチャーを付与するがある。

当初の加飾技術は、既に存在する品格・高級感ある素材の質感を似せながら安価に製造する(フェイク)ための技術であった。それら品格・高級感ある素材は長い歴史の中で人々の心の中に刷り込まれてきた。金属調・木目調・大理石調・漆調の加飾が多いのはそのためである。最近は単なるフェイクではなく、天然素材には無い斬新なテクスチャーを追求する流れが出てきている。優れた加飾技術のおかげで、最近の若者はプラスチックを安っぽい素材とは思わないだろう。

加飾技術のうち、テクスチャーを付与する、すなわち製品の表面に凹凸の模様を付与するという方法は古く縄文時代から行われていた。縄文土器の表面に縄目の模様を施すことにより、美観と滑りにくい等の機能が付与されていたと考えられる。

ところで、「ものづくり」とは設計情報を媒体に写し取り、形状を与えることで価値を生み出す行為のことである。射出成形においては、デザイナーの頭の中にあるイメージを三次元形状を表現する数式という媒体に写し取り、三次元データを作り上げる第1ステップ、三次元の形状データという設計情報を金型材料という媒体に写し取って金型を製作する第2ステップ、金型という設計情報を成形材料という媒体に写し取って、成形品を得るという第3ステップから成り立っている。ここで言う三次元の形状には、マクロな形状の他に、表面のテクスチャーも含まれる。

デザイナーのイメージ通りのテクスチャーを金型に刻み込むことができ、その金型形状を完全に成形品に写し取ることができれば、その成形品表面のテクスチャーは特にめっきや塗装等の加飾を行わなくても十分に加飾といえるであろう。

本稿では、加飾しない加飾、すなわちシボ加工による加飾技術と高転写成形技術について、金型にテクスチャーを刻み込む技術と金型のテクスチャーを写し取る技術について概論を述べる。「加飾しない加飾」という言葉は筆者の造語であり、桝井捷平氏(MTO技術研究所)は「特別な表面層を付与しない加飾技術」という表現を使用している。

2.シボ加工の技術

シボとは、皮革表面やちりめん織りの表面の微細な皺を指す言葉である。プラスチック成形用金型凹凸模様を施すことで、成形上の不具合(ウェルドライン等)の隠ぺいあるいは、質感向上できる。シボはそのために用いられる金型上および製品上の形状(テクスチャー)である。

金型表面にテクスチャーを付与する方法にはブラスト、エッチング、機械加工、レーザー加工が用いられる。近年ではセラミックスを用いた方法や金属粉末をレーザー焼結する方法も利用されている。

2-1 シボによる機能化

シボは外観上の質感を向上させるだけでなく、機能の付与にも用いられる。例えば、特開2009-2625111)には成形品のシボパターンの算術平均粗さ(Ra)を0.5μm以上にすることでグロス値が10以下の成形品が得られることが開示されている。

特開2012-864532)では、上層側ほど凹凸が小さくなる2段以上の凹凸からなっており、最上層の凹凸が微細な鋭角形状の無数の凹凸にすることでグロス値が1.0以下の成形品が得られることを開示している。図1、2には同特許公報に記載されている低光沢が得られるシボの断面概念図と表面写真を示した。特開2008-1582933)では、微細突起構造により表面の親水性と反射防止効果が得られることを開示している。

図1 低光沢成形品を得るためのシボ構造(特開2012-86453の図2より引用)
大きいシボパターン44に小さいシボパターン46を重ねている
Hb, Wb, Ha/Hb, Wa/Wbを特定の範囲にすると有効である

 

図2 低光沢シボの表面SEM写真(特開2012-86453の図3(B)より引用

特開2011-1049874)では突起の高さと間隔を特定の範囲にすることで、しっとりした触覚が得られることを開示している。図3,4には同特許公報に記載されているシボ構造の断面図としっとり感が得られる突起の間隔と突起の高さの関係図を示した。

図3 表面がしっとりするシボの構造(特開2011-104987の図1より引用)
(a)の凸曲面2の拡大部分が(b)である。
(b)の突起3の間隔Pと突起の高さHにおいて
『(1)突起3の高さHが5μm以上、32μm以下、
(2)突起3の高さHと突起3の間隔Pとの比H/Pが1/5から1/2の範囲
(特開2011-104987の要約から引用)』

 

図4 しっとりと感じる突起相互の間隔と突起高さの関係(特開2011-104987の図2より引用)
図中において領域Aで囲まれた範囲でしっとりと感じる

 

特開2010-1203995)では表面に配置した複数の凹部と表面の微細な凸部によって繊細でソフトな感触が得られることを開示している。図5には同特許公報に記載されているソフトに感じるシボの構造図を示した。

図5 繊細でソフトに感じるシボの構造(特開2010-120399の図5より引用)
図中の11は凹部、13は平面部、15は凹部の端部、21は凸部

 

2-2 ブラストによるシボ

ブラストとは表面に粒子を衝突させて表面を加工する手法であり、金型表面に砂やガラスビーズ吹き付け、梨地等の模様をつける加工法である。

2-3 エッチングによるシボ

エッチングとは、化学薬品による表面浸食を利用した表面加工の技法であり、金型素材表面の浸食処理を行わない部分に防食処理を施し、防食処理を施していない部分を薬品によって侵食することで目的形状のテクスチャーを得る加工法である。

エッチングによって施されるシボパターンには皮革、木目、梨地、幾何学模様等がある。これらのテクスチャーを形成するためには、模様に合わせたマスキング材料(フォトレジスト、塗料、テープ等)を用いる。

エッチングによるシボパターンは、いろいろなパターンを重ね合わせることで複雑化させることができ、よりリアルに、また無反射、親水、防汚等の新たな機能の付与が可能になってきている。

2-4 セラミックスの利用によるシボ

セラミックスは表面硬度、耐熱性に優れる素材であり、金型へのテクスチャー付与に活用され始めている。例えば、㈱棚澤八光社のセラシボシートは凹凸パターンを施したシートを金型キャビティに貼りこむだけで金型のシボ加工ができる。セラミックス層の耐熱性から樹脂温度が制約されるが、PPレベルであれば十分に実用性があると考えられる。

また、同じ㈱棚澤八光社のセラマット処理は金型表面にセラミックス微粒子を固着させることで成形品の表面グロスを下げる効果が得られる。同社の技術資料によると、セラマット加工により例えばグロス値が5.0から2.1と小さくなる。これはセラミックス微粒子による微細な凸形状が成形品に微細な凹形状として転写されたためである。

2-5 直接的な機械加工によるシボ

コンピューターの処理能力が大幅に向上したことにより、切削でシボパターンまで加工できるようになってきた。㈱日清精工のデジタルフリーデザインは、微細な凹凸を描ける製品設計CADでシボの形状データを作成し、小径エンドミルで柄を加工する技術である。また、㈱ケイズデザインラボのd3テクスチャー技術によるデジタルシボは、完全な3次元デジタルプロセスでデザインから金型加工までを一貫で行うことができる。

デジタルシボを用いた製品は牧野フライス㈱や樫山金型工業㈱が積極的に取り組んでいる。(d3テクスチャー、デジタルシボは㈱ケイズデザインラボの登録商標であり、使用時には注意を要する)

2-6 レーザーアブレーションによるシボ

強力なレーザー光を固体に照射すると、表面から原子、分子、クラスターが蒸発して固体表面が削り取られる現象をレーザーアブレーションと言う。この原理を利用して金型のシボ加工が可能である。例えばGFアジェルシャルミーの5軸レーザー彫刻機はシボ加工、彫刻、マーキング、微細加工が完全にデジタルプロセスで行える。

同装置を保有している㈱日本エッチングのHPには『5軸レーザー彫刻機は、レーザー技術と多方向(5軸)からの彫刻技術をすべてデジタル処理で行います。シボ加工、彫刻、マーキング、微細加工等を2D平面だけではなく、3D曲面へ効率的に再現することが可能となりました。 このシステムにより、これまでのシボ加工の限界を打ち破り、金型デザインの可能性を驚異的に拡大することができます。(http://www.nihon-etching.co.jp/jigyo.html#5laserより引用)』と書かれている。

2-7 粉末焼結によるシボ

三次元デジタルデータを基に、金属粉末をレーザー光で焼結して積み上げて金型の入れ子を製作する技術が広がっている。この技術を用いると金型のキャビティ表面近傍に三次元冷却配管を配置できる(コンフォーマルクーリング)。例えば㈱NTTデータエンジニアリングシステムズが販売するEOSINTは、デジタルデータにシボの情報も含めておけば、焼結の工程でシボを加工することが可能である。

3.おわりに

金型の製作プロセスに占めるデジタル技術の割合が増加すると、新興国に模倣されるという心配が出てくるが、感性工学を駆使した新しいコンセプトのデザイン開発のように、オリジナリティの高い開発に取り組むことで、日本のものづくりが活性化されることを期待する。

参考文献

1) 特許公開2009-262511 「積層成形体及び積層成形体の製造方法」

2) 特許公開2012-86453 「熱可塑性樹脂成形品、その射出成形用金型及び射出成形方法」

3) 特許公開2008-158293 「親水性反射防止構造」

4) 特許公開2011-104987 「物品の表面構造」

5) 特許公開2010-120399 「車両用内装部品」