微細射出発泡成形技術MuCellⓇ
1.はじめに
微細発泡成形技術(MuCell、 ミューセル)はMIT産学協同高分子成形加工プログラム(1973年発足)から生まれた技術である。このプログラムの中で、材料の物性を維持し、部品形状を変えることなく材料を節約する技術を開発したいという動機からスタートしている。1980年代にMITで基本技術(基礎研究と応用開発研究)が確立し、1993年からライセンス事業としてTREXEL社に引き継がれ、MuCellという名称で技術ライセンスされている(MuCellはTrexel Inc.の登録商標である)。
開発当初は大幅な軽量化が可能といううたい文句であったが、近年では軽量化よりも寸法安定性、ソリ・ヒケ防止が主な目的として広く採用されている。最近になって、製品設計から見直すことで25%以上の軽量化の例も見られている。
微細発泡(マイクロセルラー)は、発泡セル径がおよそ100μm以下で、気泡密度が108個/cm3以上である発泡体であり、それを得る成形方法が微細発泡成形である。超臨界流体を発泡剤として用いるため、超臨界発泡成形と実質的に同義語のように使われている。
2.微細射出発泡成形の原理と超臨界流体
微細発泡成形は、溶融した樹脂に高圧下で発泡剤である超臨界状態の窒素や二酸化炭素を大量に溶解(必ずしも飽和で無くて良い)させ、急減圧させることによって多数の微細な気泡を発生させる方法である。
図1に示すように、超臨界流体とはある温度と圧力(それぞれ臨界温度、臨界圧力)以上において気体と液体の両方の性質を有する流体である。気体は分子運動が激しく、分子間距離は長い。液体の分子運動はそれほど激しくなく、分子間距離は短い。超臨界状態は、分子間距離が短く分子運動速度が速い状態である。二酸化炭素は31.1℃,7.38MPa、窒素は-147℃,3.40MPa、水は374℃,22.12MPaが臨界点である。
微細発泡成形で超臨界流体を用いる理由は2つある。1つ目は大量の発泡剤を樹脂に溶解させるためには高圧が必要であり、結果として超臨界状態になっていること。2つ目は、一定の量をきちんと計量して樹脂に添加するには気体よりも液体の方が正確であることである(MuCellプロセスの重要な点である)。
超臨界流体は拡散速度が速いため、樹脂に溶解させた時に速やかに均一な濃度に到達する誤解している人もいるが、間違いである。ひとたび樹脂に溶解したら超臨界ではない。したがって、優れた混合工程が必要になる(MuCell専用スクリューは超臨界流体の分散・溶解に適した構造をとっている)。
図2はMuCellプロセスの概念図である。まず超臨界流体を溶融した樹脂に混ぜる。混合が進むと完全な溶解に到達(単一相溶解物)する。ここで高圧を維持していると単一相は維持されるが、急に減圧すると、発泡剤は過飽和となり、気泡を生じる。樹脂を冷却固化させると気泡の成長は停止する。 重要なことは、単一相溶解物を形成することと、急激な減圧を行うことである1)。
微細射出発泡成形では発泡剤として窒素が好んで用いられる。図3には佐藤善之(東北大学)らによる窒素、二酸化炭素、HCFC、HFCの樹脂に対する溶解度のデータを示した。この図から、二酸化炭素よりも窒素の方が低い溶解度を示す事が理解できる。例えばポリプロピレンに対して200℃,15MPaの条件では二酸化炭素が約10%,窒素が約2%と約5倍の開きがある。実際に現実的な添加量として窒素を1%添加した場合には7.5MPaで飽和に達するが、二酸化炭素を2%添加した場合には3MPaで飽和に達する。一般に減圧速度は圧力が高い点の方が高いので、窒素の方がより急激な減圧状態で気泡が発生するため、気泡数が多く、微細な気泡になる。もちろん計算上では二酸化炭素を5%添加すれば7.5MPaで飽和に達するが、現実的ではない。
3.MuCell微細射出発泡成形におけるプロセス制御
MuCell微細射出発泡成形プロセスは前述した微細発泡成形を射出成形のプロセスの中で実現する方法である(図4)。装置技術として鍵を握るのは、超臨界流体発生装置と専用のバレル,スクリューである。超臨界流体発生装置は発泡剤であるガスを加圧して超臨界流体にするとともに、一定の流量で送り出す。送り出された流体は成形機のバレル内圧力に応じた圧力に調整され、決められた時間だけ成形機に注入される。専用に設計されたバレルとスクリューは、超臨界流体を細かい液滴として溶融樹脂内に分散させ、その後の混合で単一相溶解物を形成する。 ここで、計量時および計量後の背圧は一定レベル以上に維持され、単一相からガスが分離しないように制御される。そのため、シャットオフノズルは必須となっている2)。
射出された単一相溶解物は成形機のノズルあるいは金型のバルブゲートを通過する際、急激な圧力低下によって多数の気泡が発生・成長する。気泡は金型内の樹脂圧力が高まると成長を止め、あるいは樹脂が冷却固化することで成長を止める。
金型内の樹脂流動は成形機から押される力+気泡が拡大する力による。したがって、気泡が拡大する方向に流す必要があり、厚みが薄い方から厚い方に向かって流すのがMuCellにとって一般的である。
4.MuCell微細射出発泡成形における気泡制御
MuCell成形において微細気泡を得るためには次の3点を考慮する必要がある。第一に気泡核の数を多く生成させること、第二に気泡サイズの拡大を抑制しながら成形すること、第三に一度拡大した気泡を十分収縮させることである。
気泡核を多数発生させるためには十分な量の発泡剤(超臨界流体)を供給することと、金型に充填された単一相溶解物に十分に速い圧力降下を与えることが必要となる。ホットランナーの径が細過ぎる場合はホットランナーでの圧力損失が大きく、ゲートを出る段階で既に圧力が低くなっていることが起こりうる。成形に用いる材料に気泡核発生を促進させる核剤(例えば無機フィラー)が含まれていると多数の核が生成し、微細な発泡体が得られやすい。
ゲートから金型キャビティに流入した単一相溶解物から発生した気泡は、流動の進行とともにサイズが拡大する。その気泡サイズの拡大を抑制するには、金型キャビティ内を加圧ガスで満たす方法(カウンタープレッシャー)、流動長を短くする(ゲート点数を増やす、ゲートを製品の中央に配置する)方法、流動時間を短くする(すなわち高速充填する)方法が有効である。
充填が進むことで型内圧が高まると、一度拡大した気泡が縮小する。したがって、充填量すなわち計量値が多いほど気泡径は小さくなる。ただし、軽量化率を5%以下にした場合、キャビティ内圧力によって気泡内のガスが再溶解することがある。この場合には冷却固化とともに緩やかに減圧されるため、粗大気泡を生じるから注意が必要である。
5.MuCell微細射出発泡成形の利点
MuCellプロセスの利点は次の2つから派生する。1つ目は樹脂に超臨界流体が溶解することによる可塑化効果、すなわち樹脂の粘度が下がることである。2つ目は気泡の拡大が充填を助けることである。
MuCellプロセスの代表的な産業上の利点は、①軽量化、②薄肉化、③ソリ・ヒケ解消、④寸法精度向上、⑤型締力低減、⑥成形サイクル短縮等である。
5-1 軽量化
MuCellプロセスでは樹脂中に気泡を生成させる。図5に微細射出発泡成形品の断面写真を示す。成形品は気泡を実質的に含まないソリッドスキン層(あるいは単にスキン層)と気泡を含むコア層から成るサンドイッチ構造をとっている。そのため、気泡が占める体積分だけ比重が下がる。現実的な比重低下は8~15%程度であるが、ゲートからの流動長や金型内圧力に依存する。厚みに対する流動長(L/t)が長いほど密度低下の効果は小さくなる。また、金型内圧力が高いほど密度低下は小さくなる。
5-2 薄肉化
MuCellプロセスでは「充填するための肉厚」から解放される。製品厚みは、その製品の特性上必要な厚みにすれば良い。実際の製品では厚み0.3mmまで実績がある。
5-3 ソリ・ヒケ解消
通常の射出成形では金型内で固化収縮する分を保圧によって補う。しかしながら、この保圧工程が金型内の樹脂圧力に分布を生じさせ、不均等な収縮を起こさせる。これがソリの原因となる。MuCellプロセスでは、樹脂の固化収縮分を気泡の拡大で補うため、金型内の圧力が均等に掛り、ソリを抑制することができる。
通常の射出成形では、厚肉部分・ボス・リブ部分にヒケが生じる。ヒケは冷却が遅れる部分に生じる。この現象は、冷却が遅れる部分の周囲が先に固化することで保圧の圧力が伝わらず、遅れて起きる固化収縮を補うことができないために発生する。MuCellプロセスでは固化収縮を気泡の拡大で補うので、ヒケが起こらない。図6には裏にリブを持つ成形品のヒケを観察した写真を示した。材料はポリプロピレンである。ソリッド成形品では矢印で示した部分でヒケが見えるが、MuCell成形品では殆どヒケが生じていない。
5-4 寸法精度向上
微細射出発泡成形ではソリッド成形に較べて収縮率がやや大きくなるが、製品内での収縮は均等になる。MuCellプロセスでは通常のソリッド成形に較べると重量ばらつきはやや大きくなるが、寸法のばらつきは小さくなる。図7にはポリアセタールで30個成形した際の重量、寸法のばらつき(標準偏差)をソリッド成形品とMuCell成形品(軽量化5.2%,9.2%)の比較を示した。重量はソリッド成形品よりMuCell成形品のばらつきが大きく、MuCell成形品では軽量化が大きい方でのばらつきが大きい。一方で寸法のばらつきはソリッド成形品に較べてMuCell成形品では小さくなっており、軽量化の度合いの影響を殆ど受けない。
5-5 型締力低減
MuCell成形は基本的に低圧成形である。通常の射出成形は溶融樹脂の圧力を高めて流し込むため、キャビティ内圧力が高くなる。MuCellプロセスでは気泡の拡大が充填を助けることと、キャビティの充填量が少なくなることによりキャビティ内圧力が低くなる。その結果、型締力は40~70%に下げることが可能になる。図8の写真はMuCellが採用されたエアバッグカバーである。ここで、ソリ低減や寸法精度向上とともに成形機のサイズを40%小さくすることが可能になった。
5-6 成形サイクル短縮
MuCellプロセスでは保圧の代わりに気泡の拡大で固化収縮を補うため、成形機の条件設定上、保圧時間は実質的にゼロである。その分ソリッド成形よりも成形サイクルが短縮される可能性がある。また、MuCell成形品の断面は図5に示したサンドイッチ構造になっているため、金型内において製品が持っている熱量の多くはスキン層に偏在すると考えられる。ソリッド成形品の場合では金型から製品を取出した後で表面温度が上昇することがある。この現象は板厚中央部に持った熱が表面に伝わるからである。MuCell成形品は効率よく冷却されるので冷却時間も短縮できる可能性がある。ただし、厚みが3mmを超えると内部まで冷却するために必要とされる冷却時間が長くなり、冷却が不十分であると後述する後膨れが発生する。
6.トラブルシューティング
6-1 ブリスター
製品のごく表層に発生する膨れと、内部に発生する膨れがある。内部に発生するものは大きく、1cm位になることもある。いずれも膨れの内部は平滑であり、大きな気泡と考えてよい。これは発泡剤である超臨界流体が分離している場合に起こりやすい。表面近くにできるブリスターは通常1mm以下の小さいものである。ゲート部での剪断が大きすぎる場合に起こりやすく、射出速度を落とすことが有効である。
6-2 後膨れ
図9に後膨れの写真を示す。製品を十分に冷却しないうちに取り出すと、板厚中央部や冷却が足りない部分で十分に固化していない場合があるが、このような部分が気泡内のガス圧で膨らみ、破泡が進行することがある。ブリスターとの違いは切り出した内部がざらざらしている点である。ガス圧によって内部の気泡が破れ、引き裂かれ、外見的には膨れが起こる。発泡剤の量を減らし、冷却を十分行うことで解消できることが多い。本来は製品設計時、金型設計時に厚肉部を避けたり、ホットスポットが生じないような冷却配管の配置を検討しておくべきである。
6-3 スワールマーク
射出発泡の成形品表面には図10に代表されるような筋状あるいは渦巻き状の凹凸を伴った模様が現れることが多い。これは流動末端で発生した気泡が破裂した後に成形品表面で引き伸ばされてできた痕である。気泡が引き伸ばされている様子は図10の顕微鏡写真からよくわかる。これをスワールマークあるいはシルバーストリークと呼んでいる。
スワールマークを解消する技術手法は大きく4通りある。
①高速充填:気泡の寿命より速く充填し、意匠面を形成する方法である。このためできるだけ低分子量で高流動の材料を用いる必要がある。また、流動過程で肉厚が増す等の流速が低下しないように製品を設計すると良い。
②発泡用材料:気泡の寿命を長くするため、分子量が大きく高粘度の材料を用いる方法である。MuCell成形品の表面にスワールマークが目立ちにくい材料が開発されている。図11にはSolvay製のテクに―ルXCellを使用した例を示す。
③型内加圧:流動末端における気泡拡大を抑制するために金型内の気圧を高める方法である。
④金型加熱冷却および断熱金型:冷却固化を遅らせることで、成形の過程で生じたスワールマークを金型面に押し付けて転写させる方法である。
7.一歩進んだ微細射出発泡成形
MuCell成形では約10%(L/tに依存する)の比重低下によって重量低減がえられるが、製品設計から見直すことで更なる軽量化が可能である。3つの例を示して説明する3)。
7-1 ファンシュラウドの例
図12の左に示す形状はソリッド成形による製品設計である。材料はガラス強化PA6であり、ソリッド成形では1点ゲートであった。充填のために厚み2mmが必要であった。この製品ではモーター取り付け部の4本の足の強度、周囲の取り付け部の強度と寸法が重要であった。MuCellでは強度に影響しない部分(図中で青い点線で囲んだ領域)の厚みを1mmにするとともに、肉厚1mmの部分にゲート(▽)を追加した。その結果、製品重量は0.4kg軽量化できた。
7-2 ドアトリムアッパーの例
図13に示すのはPVC表皮つきドアトリムアッパーである。材料はタルク入りPPである。この製品は衝撃吸収特性が必要であるため、厚さ2.2mmにリブが裏面に配置されていたが、表面にヒケが生じるために一般肉厚を4.4mmにしていた。更に、衝撃吸収のための後付け部品も取り付けられていた。この製品をMuCell成形用に設計し直した結果、リブ厚みを2.4mmに増しながら、一般肉厚を2.2mmに減らすことができた。この形状変更により、十分な衝撃吸収特性が得られたため、後付け部品が不要になった。結果として40%の軽量化を達成した(形状変更で20%,比重低下で6%,後付け部品削減で14%)。
7-3 ジャウンスバンパーの例
ジャウンスバンパーは元々ゴムで成形されていたが、20年ほど前から熱硬化型ウレタン樹脂に替っていた。このプロセスは成形サイクルが10~15分掛り、材料のリサイクルができない点が問題であった。
図14はMuCellとコアバック技術の組合せによって成形されたジャウンスバンパーの写真である。図15にコアバックのプロセス図を示した。コアバックは金型内のコアを後退させる方法と、成形機の型盤を移動させて金型を開く方法があるが、この場合は金型内のコアを後退させている。
コアバック発泡技術は、ストラクチュラルフォームの成形法として古くから用いられており、新しいところではドアトリムの成形方法として実用化されている。しかしながら、これらは化学発泡によるものであり、高発泡倍率は達成されていない。ジャウンスバンパーの場合、化学発泡剤では発泡倍率は2~2.5倍で最終厚みが3.2~4.0mmが限界であったが、MuCellを用いると発泡倍率3.5倍で最終厚みは5.6mmまで膨らんだ。
発泡体の剛性を表現するパラメーターに曲げ弾性勾配(N/cm)がある。これは、50mm×150mmの板を切り出し、100mm間隔の2本の線で支え、中央に荷重を掛け、1cm変形したときの荷重(N) である。発泡体の曲げ弾性勾配はソリッド材の弾性率,厚みの3乗に比例し、発泡倍率に反比例する(式1)。式1において、弾性率はMPa,厚みはmmで入力する。分母の係数400は経験値である。この式から厚み2mmのソリッドを4mm(2倍)に発泡させると曲げ弾性勾配は4倍になる。逆に厚み1.4mmから2.5mmに膨らませると1.8倍発泡となり、2mm厚のソリッドと同等の剛性になるが重量は30%少なくなる4,5)。
8.終わりに
微細射出発泡成形(MuCell)は、流動性向上と保圧不要によるメリットが享受できる。また、ヒケが見えないことから、製品設計を根本から見直す事ができ、大きなメリットが得られる。さらに、コアバック発泡と併用することにより剛性を維持して軽量化することが可能になる。このようにMuCellのメリットは大きく広がっている。
参考文献
1) 米国特許公報 5866053
2) 発泡成形【材料・設計・成形・評価・製品応用・微細化】(2008年10月発行 情報機構)
3) L. Kishbaugh, U. Kolshorn, H. Traut , Blowing Agent Conference 2009 予稿集
4) 自動車部材への応用を中心とした樹脂発泡成形技術と適用事例 (2009年10月発行 技術情報協会)
5) 秋元英郎,”コアバック発泡とコアバック用成形機