技術士事務所開業の苦労話、失敗談

【これは、日本技術士会の 独立を目指す人のための「技術コンサルタントガイドブック」に執筆した事例紹介です。】

ここに記載している内容には古い内容が含まれています。

「アドバイスも時とともに変わっていく(古い情報に注意せよ)」も併せて読んでください

◆私が独立開業したのは、51歳の時(2010年の7月)であり、世の中にはリーマンショックの傷が深く残っていた時だった。周囲からは時期が悪すぎるとも言われたが、自分がやりたい道だったので、思い切って脱サラした。サラリーマン時代の年収レベルに来るのに5年かかったが、充実しており、サラリーマンに戻りたい気持ちはひとかけらも無い。私の専門分野はプラスチック(特にプラスチックの射出成形)である。この分野には成形不良対策や金型技術を専門とするベテランコンサルタントが多く活躍されていた。私の戦略は差別化とブランディングにあった。

◆業務独占が無い技術士は非常に恵まれている。業務独占があるとひとつの釣り堀に多くの釣り人が殺到するが、釣り堀が無い技術士は最初から自分で漁場を探す必要がある。私は自分の専門分野をニッチな3分野(射出発泡成形、ヒート&クール成形、プラスチック加飾技術)に集中し、その分野では日本における第一人者になった。第一人者になるために活用したのは、学会(プラスチック成形加工学会)における活動(専門委員会、編集委員会)と雑誌執筆・講演活動であった。セミナー会社は他社で講演している講師や雑誌に執筆している専門家から先にコンタクトする傾向にある。対外発信が対外発信を呼ぶことで、誰もが知る専門家となっていった。こうなれば完全に独占業務となる。多少自慢になるが、最近は辞めた会社の「先輩」たちが私を目標にしているという話も時々耳にする。

◆差別化と並行して実施したのはブランディング戦略であった。技術士というと、「定年退職後に年金をもらいながら時々技術指導をしている人」と認識されることが多く、事実そのような方々の中には非常に安いフィーで仕事をされている方も多い。そこで、「本氣」で仕事に取り組んで、成功している人としてのブランディングを行った。その例をいくつか示す。

参考記事:独立士業の知名度の高め方

1.ホームページは自作せずにプロに頼んだ。

2.インクジェットの自作名刺はやめた。

3.事務所のロゴをデザイナーに依頼してつくり、名刺等に入れた。

4.自宅事務所をやめて、幕張新都心のオフィスビルに事務所を構えた。

参考記事:独立技術士のレンタルオフィス活用法

5.新幹線はグリーン車利用を自分のルールにした。

参考記事:新幹線はグリーン車に限る

6.経営者が集まる会に積極的に参加して、経営者マインドを身に付けた。

◆上記のうち、オフィスについて苦労した点を述べる。独立したら通勤はしたくないと思っていたので、当然のように自宅で業務を開始した。当時は長男が大学生、次男が浪人生であり、長男が日中自宅にいることもあった。私は長男が家にいることが気になって仕事に集中できず、長男は私のことを仕事が無いのではと心配するという状況であった。天気が良いと洗濯物が気になる。また、仕事の電話が自宅に掛ることもあり、家族からは反発された。

◆レンタルオフィスをネットで調べたり見学するうちに、幕張テクノガーデン内のレンタルオフィスに机を1つ分借りられることがわかり、賃貸契約した。それが、今の事務所である。

◆多少宣伝になるが、私の事務所がある幕張ビジネスポートは、24時間使えるレンタルオフィスであり、ビル内には銀行、郵便局、歯科、眼科、総合クリニック、コンビニ、レストラン、職域食堂、カフェ、英会話教室、リラクゼーション、宅急便集配所、レンタカーが揃っている。駅まで5分で、京葉線に乗ると東京まで約30分、羽田空港、成田空港への駅前から高速バスに乗ると40分で着く。このように、普段の業務はビルの中でほぼ完結し、出張の時のアクセスも良い。自宅を事務所にしていた時は、お金の振込に郵便局やコンビニに行くだけでもトータル30分以上無駄にしていたことを考えると、月額4万円は十分に見合う。

◆独立開業すると苦労が多く試行錯誤も多いが、若いうちに独立すれば試行錯誤の回数を増やすことができ、成功できる可能性は高くなる。

参考記事:日本技術士会の修習技術者研修会(3/11)で20分の講演をしてきました。動画あり

(独立技術士を目指す人以外にもすぐに使えるノウハウを話しました。)

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